初リヴァハンです。
色っぽい流れは皆無です。かっこいい兵長もいろいろ突き抜けたハンジも居ません。
この二人、どこで会話してるんだ?と自分で突っ込みたくなる残念クオリティですが、宜しければどうぞ。
「俺が死ぬ時、お前はどうする?」
温度も湿度もないリヴァイの乾いた声にハンジはゆるりと吐息を漏らした。
貴方が死ぬ時、私は既に存在しないから答えられない。
もしリヴァイの側に自分が居たら、そもそもこの人類の希望を護る為に持てる力の全てを尽くすだろう。人類最強を庇うなんてことが実際に出来るとは思えないから実際には犬死することになるんだろうなとはボンヤリと思うが、多分、いや絶対に自分はそうする。
ハンジは一瞬でその結論に達したがそれを馬鹿正直にリヴァイに告げるかどうかで逡巡した。
そしてそんなことはリヴァイ自身も分かっていて、それでも『どうするか』ではなく『どうしたいか』を訊いているのだと判断してハンジは目を閉じて小さく息を吸ってから答えた。
「貴方の手を私の頬に当てよう。心臓はもう私のものではないから、貴方には渡せないから。代わりに貴方の指が何度も辿った私の頬を貴方の意識が途絶えるまで貴方に渡そう」
ゆっくりと歌うように紡ぐハンジの言葉に耳を傾けていたリヴァイはその指をハンジの頬に滑らせた。
リヴァイの指先が頬から顎のラインを辿る。優しく、触れるか触れないかのその指先の動きはとても兵士長として誰よりも力強くブレードを握る男のものとは思えなくて、初めて頬に触れられた時、驚いた。そして、ああ、この人は本来はこんなにも繊細で優しいのだと涙が込み上げてきたことを思い出してハンジは薄く微笑んだ。
「貴方は心臓どころかその手も人類の…いや、兵士達のものだったから。最後くらい自分の為にその手を使ったってバチは当たらない。というより当然の権利だ」
なんとなく最後の一言に力が入ったハンジを見てリヴァイはクッと笑った。
「成る程、てめえらしい考えだな」
薄く笑みさえ掃いて呟くリヴァイを見つめながら幾分眉を寄せて微笑うという器用な芸当を披露してハンジは口には出さないで続ける。
そう。
だって貴方の手は。
血濡れた兵士の指先が求めるのは人類最強の力強い手だから。伸ばされれば躊躇わずに握り返し、旅立つ彼らに安心と希望を与える役目を負った唯一無二のものだから。
―――捧げてしまった心臓は仕方ないけど、その他のものは全て貴方自身のものとして取り返したって良いじゃないか。
「貴方は…」
リヴァイに頬を預けたままハンジはリヴァイの瞳を覗き込む。
「なんだ?」
変わらず頬に指を滑らせながら僅かに口角を上げ、瞳を眇める。ハンジが好きな、その表情。
兵士長でも人類最強でもない、リヴァイの表情。もっとあからさまに言ってしまえば雄の貌。
自分だけが知るリヴァイ。彼自身の欲望が垣間見える瞳。仕草。
ドクリ、と捧げた筈の心臓が大きく脈打つ。躰の芯が熱を孕む。
リヴァイ、もっと。貴方を、貴方自身を見せて。
「何時、自分自身に戻るの?兵舎に居る時?いや、貴方の部屋は執務室と繋がっているから、貴方は自分の部屋ですら殆ど『兵長』で過ごすだろう…?寝ている時?シャワーを浴びて居る時?」
「てめえがどういう経路でその思考に辿り着いたか、察しはつくがな、ハンジ」
噛み付くように唇を重ねた後、鼓膜に直接流し込むかのように囁く。
「お前の隣に居る時だ」
「っ、リヴァイ…リヴァイ!」
嬉しいのか哀しいのか分からなくなってハンジはただ、リヴァイの名を呼んだ。
―――私の側に居る時だけなんて、哀しすぎる。
―――私の側に居る時が自分自身に戻れる時って言われるのは嬉しい。
「それだけ?顔を合わせない日もあるのに?」
「お前、素直に喜べねえのかよ。ああ、じゃあ追加してやる。お前の事を考えてる時も『俺』だ」
ニヤリと嗤って付け加えられた言葉にハンジの頬が紅く染まった。
「そうじゃなくて。いや、それは嬉しいよ有難う。じゃなくて」
何時も人類最強という仮面を被って。人より遥かに重い重圧を背負って誰よりも速く空を駆けて。
その精神の拠り所が、たった一人の、しかも何時死ぬか分からない女なんて。
危う過ぎるだろう。
背筋に冷たいものが流れてハンジはリヴァイから躰を離した。
そしてリヴァイが最初に呟いた言葉の意味を手繰り寄せて指先が震え出した。
リヴァイは、自分が死ぬ時のことを考えた訳じゃない。己の死なんて、彼にとっては何の意味も成さない。巨人を駆逐する前に事切れるのだとしたら約束した兵士たちにチラリと詫びる気持ちくらいは持つかもしれないが。
彼は自分自身を人類最強という駒として、最も効果的な使い方をした挙句、何も思わずに逝くのだろう。
だから、本当に彼が憂いていたのは―――
「私が死ぬ時、貴方は?」
聞きたくない。でも私は聞かなければならない。リヴァイの中で崩れそうになっている何かを、私は知らなければならない。
努めて落ち着いた声で投げかけた質問にピクリとリヴァイが反応した。
「お前が死ぬ時?…俺はきっと側に居てはやれない。お前が命を落としたことも知らずにきっと削いでいる」
リヴァイの両手が強く握りしめられるのを見てハンジは眉を寄せた。
ダメだよ、リヴァイ。爪が喰い込んで怪我をする―――
「ああ、それは仕方のないことだね。なんたって兵長と分隊長だからね。じゃあ、希望を言って良いかな?私の亡骸は探さなくて良いよ、その代わり私の部屋の何処かにある貴方宛の遺書を…」
リヴァイの握り締められた拳に手を伸ばしながら言ったハンジの言葉は、リヴァイに荒々しく腕を掴まれて最後まで綴ることができなかった。
掴まれた腕の痛みに抗議の目を向けるとギラついたリヴァイの瞳がハンジを捉えた。
「クソが。そんなもん、探すか。お前の亡骸も、遺された言葉も、知ったこっちゃねえ」
ゆらりとリヴァイから立ち昇る狂気すら孕んだ気に息を呑む
「リヴァ」
「お前、言ったな?最期くらい自分自身で居ろと。だったら―――」
「リヴァイ!」
聞いてはいけないことを聞いてしまう、と悲鳴のようにその名を呼んでリヴァイの手を振りほどいて耳を塞ごうとしたハンジを掴んだ力強い手は離してはくれなかった。
「兵団も作戦も人類の希望も知ったこっちゃねえ。お前が居ないと分かったら―――削ぐ。怒りのままに、誰のためでもなく俺自身の為に。ブレードが尽きるまで?ガスが尽きるまで?いや、俺の命が尽きるまで」
何の意味も成さないただの弔い合戦を。いや、既にそれは合戦とは言えない。
己を保つ為の箍が外れてしまった人類最強と言う名の殺人鬼はきっともう何も考えない。怒りに身を任せて己自身を終わらせるだろう。
昏く、激しい瞳にハンジは小さく首を振った。
「駄目だ、リヴァイ」
「なんだ、お前まで『人類の為に生きろ』とか抜かすのか?」
もう良いだろう、他に何も望まない。どんな作戦だって役割だってこなしてやる。だからこれだけは叶えろ。…いや、他人に訊いたりなんかする気もねえ。絶対事項だ。
目の前のハンジすら写していない瞳は射るように一点を見つめる。
こんな状態のリヴァイに自分の言葉が届くかどうか分からなかったし、そもそも自分の想いを言葉に置き換えることが容易ではないと思うが。
「違う…違うよ、リヴァイ。貴方が貴方らしく生きるのには大賛成だ。でも、そんなことが唯一の望みだなんて、絶対に駄目だ」
ハンジの瞳に涙が盛り上がる。瞬きをしたらすぐにも零れ落ちそうなそれをリヴァイは未だ手負いの獣のような瞳で見つめた。そのリヴァイの視線の先で、ゆっくりと透明な滴が滑り落ちた。
「貴方がそうすると言うのなら私はなんとしても生き延びる。貴方を生かす為に。臆病者と罵られても、呆れられても、そんなの関係ない」
「…それは、人類最強と言う最大戦力を喪わない為か?」
自虐的に呟くリヴァイの胸を握り締めた拳で叩く。
「違う、リヴァイ、私を見て。ここに居るのは調査兵団の分隊長でも、兵士でもない、唯の女だ。貴方を…リヴァイを喪いたくないと願う愚かな女だ。巨人の脅威が去った後に貴方が人類最強からリヴァイに戻るのを見たいから。本当の貴方の望みを叶える姿をこの目で見たいから」
多くを望まない貴方の願いだけど、叶えたくない望みだって、ある。
その望みだけは叶わないように全力で阻止するから。
「…弱い男で残念だったな」
護ってやるとは言えない、遺志を継いでやるとも言わない、自分の身は自分で守ると惚れた女に言わせる男。
「貴方は弱いんじゃない。強すぎるんだ」
立ち止まることも振り返ることも良しとしない人。
全てか無か。
死にゆく兵士の願いと無念の全てを受け取って。人類最強に一縷の希望を見出す兵士と民衆の途方もなく大きな期待を黙って背負ってなお空を翔けることのできる強い人。
私の居ないこの世界は護るに値しないと全てを切り捨てることのできる強い人。
「だからリヴァイ、生き延びよう。どんなことをしても二人とも。そして聞かせて、貴方の望みを」
何時か、貴方が人類の脅威を滅する為の自由の翼をたたむ時。いや、そうじゃない。
本当の意味での自由の翼で蒼穹を翔ける時に。
この、美しく残酷な世界が貴方に向かって微笑む時に、隣に居たいよ、リヴァイ。